橋本英郎公式サイト「絆」
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vol.26 原田浩平(フットサル選手)

橋本英郎(以下、橋本):ポジションはどこ?
原田浩平(以下、原田):PIVOというサッカーで言うFWです。
橋本:フットサルでもPIVOの選手が一番点を獲りやすいポジションになる?
原田:いや、そうでもないかな。結構、僕らPIVOがキープして出す、という役割も多いので。
橋本:そういえば、名古屋オーシャンズのPIVOにすごいスーパースターがいるらしいやん?
原田:はい、ポルトガル代表のリカルジーニョですね。彼は、ヤバイくらい巧いです。一度、見た方がいいと思います。次元が違いますから。

橋本:そんな選手がよく日本に来てくれたね。メッシがJリーグに来るみたいなもんでしょ?
原田:それくらい凄いことではあると思います。でも名古屋のアジウ監督が昔、彼を指導していたらしく…いろんなチームから当然オファーはあったらしいけど、その縁で奇跡的に来てくれたそうです。そう言えば、11月2日にホームで名古屋オーシャンズと対戦するので、良かったら是非来てください。リカルジーニョだけは…ホンマに生で観たらビックリすると思う。
橋本:そんなに凄いんか…そう言えば、以前にシュライカーの選手に「浦安が頑張ったら名古屋と戦えるかも」という話を聞いたことがあるけど、それでも今季、1?9で大敗してたもんね。相当、強いんやろうな。
原田:いや。マジで相当強いです。僕らももちろん勝ちたいという気持ちはありますけど、現実的な差はやっぱりあると思う。
橋本:じゃあ今は当然、名古屋が首位?
原田:そうですね。飛び抜けています。
橋本:名古屋には日本代表選手も多い?
原田:そうでもないですね。といっても日本人のレベルも高いし、あとはブラジル人が結構います。しかもその殆どが基本的に日本国籍をとっているので出場には全く問題がないんですよね。それもあって強いというのもあると思う。

橋本:でもデウソンも結構いい順位につけていたでしょ?8節を終えた時点で2位じゃなかったっけ?
原田:そうですね。少し順位があがってきました。しかも10月3日にアウェイで名古屋と試合をするので、ここで勝てたら勝ち点的にも詰められるから大きいんですけどね。(編集部注:対談後、試合が行われ、残念ながら0-8で大敗。)
橋本:フットサルの強化のことはあまり分からないけど、現実的にやはり資金的な力があるチームが強いんかな。リカルジーニョのいる名古屋も彼を獲得できる資金があるっていうことやもんね?
原田:僕も他のチームの事情は詳しくは分からないですけど、サッカーでもそうであるように、単純にお金があればいい選手を集めやすいというのはあるでしょうね。
橋本:確かにね。名古屋のスポンサーって大洋薬品だっけ?スタジアムもすごくいいんでしょ?
原田:よく知っていますね!オーシャンアリーナっていう…すごいいいスタジアムですよ!
橋本:1試合につき、お客さんは何人くらいくるの?
原田:1500~1600人くらいですね。場所とかカードにもよりますけどね。例えば、大阪市中央体育館とかならリカルジーニョ効果で5000人強、お客さんが入ったこともありますし。でも他の試合はだいたい2000人にいかないくらいです。毎試合、5000人くらい入ると盛り上がるんですけどね。この前、万博であった大阪ダービー『ガンバ大阪対セレッソ大阪戦』を観に行ったんですけど、やっぱり満員のスタジアムって全然違いますもんね!
橋本:違うね。万博は満員になっても2万人強やけど、浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムとか、22節のアルビレックス新潟戦を戦った東北電力スタジアムは、もっと凄いからね。22節の新潟戦も33000人くらい入っていて、試合自体もずっと相手の押せ押せで…新潟ファンはかなり盛り上がっててんけど、最後は僕らが点を獲って勝ったんよね。そしたら、FWドドが決勝ゴールを決めた瞬間の、シーンとなる感じが半端なくすごくて(笑)。ゴールも角度的に分かりにくかった分、僕らも入ったかどうか分からん、っていう感じやった上に、スタンドのお客さんもシーンとなり過ぎているから「え?決まったん?」みたいな感じで(笑)。ドドが一人で喜んでユニフォームを脱いでサポーター席に走って行ったから「あ、入ったんか」って分かったけど、明らかにみんなワンテンポ、遅れて喜んでいたから。
原田:ガンバのサポーターは来てくれていなかったんですか?
橋本:来てくれているけど、ほんの一角だけやからさ。実際、そこに座っていた人たちも分かりにくかったらしく…っていうか分かっていなかったみたいで(笑)。明らかに彼らも僕らと同様にワンテンポ遅れてたわ。フットサルのファンはどんな感じなの?
原田:いい人ばかりです。女性ファンも結構来てくれますしね。ただ、まだまだ、少ないのでこれからもっと増えていけばいいなとは思います。もともとうちのチームは全員がすごく仲が良いんですよね…代表とかでデウソンのことを話すと、他のチームからもうらやましがられるくらいなので(笑)。チームメイトと一緒に食事することも多いし、お互いの仲間から輪を広げていったりもしていて、そこからファンも少しずつですけど広がりつつあります。

橋本:そう言えば、普段もチームメイトと同じマンションで共同生活をしているらしいね!
原田:そうなんです。神戸のマンションに最初は4人で住んでいて、今は一人出て行ったので3人で共同生活をしています。みんな大体大時代からの仲間なんで、すごい楽やし、楽しいですよ。基本、一人一つずつ部屋があるからプライベートな空間はあるし。僕らは大学の時から同じサッカー部の寮に入っていたので、かれこれトータルしたら9年くらい一緒に暮らしているんですよ。
橋本:大学から一緒という流れなら楽しそうやけど、でも僕には想像できひんなぁ。3人ともデウソンに所属しているんよね?
原田:いや、今は一人だけ仕事をしながらビーチサッカーをしています。
橋本:大人になっても共同生活が出来るくらいやから、よっぽど仲がいいんやろうね。なんか、いろんな意味で楽しそうやわ!
原田:楽しいですよ。そう言う意味では、デウソンの一員としてプレーできていることを幸せに思います。
橋本:トップチームの選手は全員プロ契約?
原田:そうですね。でも個人個人で細かな契約の形態は違いますけどね。あと、アスピランチというサッカーでいうサテライトチームの選手は基本的にプロ契約ではないので、仕事をしながら、という感じの選手が多いですけどね。
橋本:Fリーグは、いわゆるヨーロッパの秋冬制みたいな感じのスケジュールで試合があるんでしょ?
原田:そうですね。今年なら8月から2月までFリーグの試合があって、それ以外にもカップ戦的な大会がある感じです。
橋本:じゃあ、何月がオフになるん?
原田:だいたい4、5月が休みになります。
橋本:めっちゃいい時期に休めるやん!旅をするにもいい気候の時だし。
原田:そうですね。
橋本:デウソンの日本代表選手は原田くんだけなんだっけ?
原田:はい。僕だけですね。

橋本:ちなみに、シュライカーは?
原田:村上哲哉くんと松宮充義くんと…あと永井義文っていう若い選手が入ってます。
橋本:シュライカーは3人も選ばれてるんや!そやのに、今は…6位…ならデウソンは頑張ってるっていうことよね。
原田:はい、一応頑張ってます(笑)。

取材協力/dieci
text by misa takamura

原田浩平/プロフィール
1983年6月25日生まれ。大阪府出身。清風高校、大阪体育大学ではサッカー選手として活躍。卒業後、フットサルに転向し、F リーグ発足初年度からデウソン神戸でプレー。Fリーグ2007ではベスト5に選ばれた。日本代表。
<原田浩平オフィシャルブログ/http://pure-city.jp/kohei/index.html

vol.25 原田浩平(フットサル選手)

橋本英郎(以下、橋本) : 初めまして。このHPでの対談で、全くの初対面の人を迎えるのは実は初めてなんよね。今日はありがとう。よろしくお願いします。
原田浩平(以下、原田) : こちらこそ、呼んでいただいてありがとうございます。フットサルの選手はあまり交流はないですか?
橋本: いや全くないことはないよ。以前、シュライカー大阪でプレーしていた山本信吾くんは、僕の友だちの弟やから良く知っていて。その友だちとはオフに遊びで一緒にフットサルをしたりする仲やねんけど、信吾も来て一緒に練習したりしていたからさ。今は信吾も学校の先生になったから、今はシュライカーのトップチームではプレーしていないらしいけど。あとは仲のいい友だちの友だちに、村上哲哉くんがいるかな。僕はまだ面識ないけど、今度一緒にご飯でも、っていう話はしてる。だから、そういう関係でシュライカー大阪の話はちょくちょく耳に入ってくるかなぁ。村上くんは、知ってる?
原田 : 知っていますよ。日本代表で一緒になるので。
橋本: そうか、代表選手なんやもんなぁ。
原田 : 橋本さんもフットサルをすることってあるんですね。

橋本: するよ。1月とかのオフを使って…トレーニングも兼ねてやることもあるし。マグフットサルクラブがやっている大会にも何回か出場したこともあるよ。昔はあの大会が一番制限がなかったというか…誰でも出場できたから、フットサル界ではある意味、一番レベルの高い大会と言われていたんよね。今は確か、Fリーグでプレーする選手はマグの大会に出られなくなったはずやけど…。
原田 : はい、出られなくなりましたね。僕はもともとあの大会には一度も出たことがないんですけど。
橋本: そうなんや。僕は3年連続で出たかな。一番最高の成績はベスト8くらいやったけど。
原田 : それってどんな仲間と出場したんですか?Jリーグの選手?
橋本: いや、最初はさっき話した山本くんのお兄ちゃんらと一緒に僕の地元の子らと作ったチームで出場してんけど、予選敗退で…その次は今は福岡でプレーしている DF丹羽大輝らと出て、3回目は清水エスパルスのDF児玉新とか、セレッソ大阪のMF家長昭博とか。みんな元ガンバユースやねん。
原田 : 豪華ですね。サッカーとはまたちょっとやり方が違うから戸惑わなかったですか?
橋本: 戸惑うというか…僕らがサッカーのやり方でプレーするからか、相手がガチ守りしてきてさ。3回目に出た時も、能力的には高い奴らが集まっていてんけど、さすがにあんだけ守られると攻められへんから「とりあえず0?0でいって、PKまで持ち込んだら勝てる」みたいに言っててさ。なのに、PKで負けた(笑)。でも、やってみたら分かったけど、サッカーとは全然違うものやね。
原田 : 似ているようで違いますね。だから僕もサッカーからフットサルに転向したての頃は結構戸惑いました。

橋本: 例えば、スライディング一つとっても基準が分かりにくくて…最初はスライディングはしたらアカンと思っててんけど、実際に試合をすると意外と引っ張られてもファウルをとられへんし、相手の選手もスライディングでシュートを決めたりしていてさ。後になって聞いてみたら、相手に向かってスライディングをしなければOKだ、と。そう言われてみれば、センタリングシュートとかでスライディングで決めるっていうのは一つの形としてあるよね。めっちゃ速いボールが出て、そこにスライディングであわせて決める、みたいな。
原田 : 確かにありますね。でも最初はサッカーの感覚でボールに向かってのスライディングならいい、という感覚でやっちゃうんですよね。
橋本: そうそうそう!でもさ…すごい基本的な質問やけど、体育館とかでスライディングするのは痛くないの?火傷みたいにはならへん(笑)?
原田 : そこはもう慣れですよ。慣れてしまえば意外と火傷にもならないし…っていうか、それが痛くて嫌やなっていうことになったらフットサルは出来ないです(笑)。
橋本: その通りやな(笑)。
原田 : でもね、そのスライディングも今季の2巡目の試合からOKになるんです。
橋本: そんなシーズンの途中でルールが変更になることってあるんや?!
原田 : みたいですね。
橋本: でもフットサルって、動きが結構、規則的というか、決まっているでしょ?「あいつがここに行ったら、こいつはここ」みたいな感じで…。
原田 : 確かに戦術が結果を左右することはすごくあると思います。
橋本: そのせいか、僕らがフットサルの大会に出た時に、よく相手チームの選手に「サッカーに負けた」的な言われ方をするんよね。僕らはサッカーの選手ばかりのチームのせいか、動き方とかやり方が全然違うらしく、僕らに負けたというより「今日はサッカーをされてしまったから負けたわ?」的なコメントを結構、聞く。もちろん、僕らはフットサルの攻め方、守り方なんて知らんから、しゃあないけど、それを聞いていると似ているようで全然違うスポーツなんかなって思う。
原田 : 僕もサッカー出身なので、言ってることはすごく分かります。実際、僕も最初にフットサルをやり始めた頃は全然分からなくて。でもそこを覚えないと使ってもらえないから、まずはフットサル的なやり方を覚えようという感じでしたから。
橋本: そもそも原田くんは、どんな経緯でフットサルの選手になったの?
原田 : 大阪体育大学までは普通にサッカーをしていたんですけど、4年生になった時に、同じ大学の先輩に誘われたのがフットサルを始めたきっかけですね。その時にフットサルのワンデイ大会に出場したりしたんですけど、これは面白いな、と。で、三村っていうガンバユースから桃山大にいった選手分かります?左利きの… 彼らと一緒にチームを作ってプレーしていました。
橋本: 三村…原田くんと同級生っていうことは、僕の4つ下よね。なんとなくそんな名前の選手がいたような気がするし、微妙に分からない気もする(笑)。でもそこからどうやってプロになったん?
原田 : 僕は清風高校に行っていたんですけど、その清風高校出身の先輩でもあり、今はデウソン神戸のGMの上永吉英文さんという方が、大体大のOBに友だちがいた関係で、サッカー部の練習をよく観に来ていたんですよ。で、僕らが遊びのフットサルチームを作って大会に出場したり、活動していたのも知っていたこともあり、ある時に「来年、Fリーグが開幕することになっていて、僕も手を挙げようと思っているから、うちのチームに来ないか?」みたいな感じで声を掛けてくださったんです。それで「ぜひ、やりたいです」と。
橋本: 自分らで作っていた遊びのチームから、デウソンに入ったのは原田くんだけ?
原田 : いや、結構強かったこともあって、全員が誘われて、全員がそのまま入りました。ただ、Fリーグの開幕まで1年あったので、「開幕までブラジルに行ってきます」という話をしたら、「じゃあサポートしてくれる人を見つけるから安心して行って来い」ということになり、実際に金銭面も含めてサポートしてくださる方を紹介してもらい、その方のサポートを受けてまずはブラジルに行くことになりました。
橋本: デウソンと契約してから行ったってこと?
原田 : いや…その時はまだ正式には所属していないんですけど、でも話としては決まっていたので、ブラジル行きの細かい話も全て上永吉GMが繋いでくれました。
橋本: え?っ!そんなにトントン拍子でいったんや?!期間はどのくらい行ってたの?
原田 : 1ヶ月半ですね。
橋本: 現地でプレーするチームとか生活はどうしてたん?フットサルの選手としての日本での実績はまだそんなにないのに、すんなり受け入れられたん?
原田 : 上永吉GMの知り合いで現地で代理人みたいなことをされている方がいて、その人にチームを紹介してもらいました。場所はサンカエターナといってサンパウロの横にある街なんですけど、住まいはそのチームの寮に入りました。
橋本: ブラジルはサッカーだけではなく、フットサルも盛んなんでしょ?
原田 : そうですね。街のいたるところでいろんな人がフットサルをやっているような感じですね。おじいちゃんとかもやっていれば、ストリートでもよく見かけるし。
橋本: 治安は大丈夫だった?

原田 : 基本的に何も持っていなかったので、襲われることはまずなかったけど、初ブラジルだったので最初はやっぱり何かと怖かったですよ。ブラジルに着いて3日目くらいに道を歩いていたら、警察官に呼び止められて拳銃を突きつけられましたからね。日本で言う職務質問みたいなものだったんですけど、ブラジルでは職務質問をする際に必ずピストルを出すらしいんですよね。相手も持っているかも知れないから、って。そのことを聞いていなかったので、いきなり拳銃を突きつけられた時はマジで怖かった。
橋本: 強盗みたいなのも結構いるんじゃないの?
原田 : いるらしいですけど、それはもともと聞いていたので、アクセサリーはもちろん、時計も何も身につけていなかったから、全く狙われなかった(笑)。」
橋本: ブラジルでの1ヶ月半では何を得た?
原田 : あまり…何も(苦笑)。ただ「ブラジルはやっぱりサッカーの本場やな」って感じることは多かったです。それに、そう何度も行ける場所ではないので、行けたこと自体が経験になった気もしますしね。あとは…ブラジルは怖いところやっていうことだけは分かりました(笑)。
橋本: 僕もブラジルには行ったことがないけど、やっぱり一度は行ってみたい場所の1つよね。サッカーの本場で毎日、フットサルをやっていたんやから、そりゃあ幸せよね。
原田 : そうですね。でもフットサルしかしていなかったから、めっちゃ暇でした(笑)。あまり出歩くことも出来ないし、そもそもそんなに行くところもなかったら。

取材協力/dieci
text by misa takamura

原田浩平/プロフィール
1983年6月25日生まれ。大阪府出身。清風高校、大阪体育大学ではサッカー選手として活躍。卒業後、フットサルに転向し、F リーグ発足初年度からデウソン神戸でプレー。Fリーグ2007ではベスト5に選ばれた。日本代表。
<原田浩平オフィシャルブログ/http://pure-city.jp/kohei/index.html

vol.24 たむらけんじ(芸人)

橋本 : たむけんさんは引退とかって考えないもんですか?
たむけん : う~ん…理想としては、いいところでやめたいけどね。いいところっていうのは、人気が絶頂というか、そこでたむらやめんの?っていうところで辞めたいなって思ったりもするけど、この世界ってホンマに麻薬やから、やめれるか分からんなぁ。

橋本 : 麻薬ってどういうことですか?
たむけん : ウケた時なんか、たまらんもん。あの笑いをとるって感覚は、ホンマにたまらん。麻薬やわ。
橋本 : 小さい時から芸人さんになりたかったんですか?
たむけん
: いいや。俺は、普通に獣医さんとかになりたかったから、芸人になりたいなんて、全く思っていなかったよ。
橋本 : どの瞬間に自分が面白いって気づいたんですか?
たむけん : 面白いって気づいたと言うより、人前でそういうのをするのが好きなんやな、アホなことをするのが好きなんやな、っていう自分に気がついたっていう感じかな。自分が面白いなんて、全く思っていなかったし。で、高校を卒業するタイミングで、大学には行きたくなくて、就職もしたくなくて、じゃあ、何をする?ってなった時に、吉本の学校があるのを知って、行ってみよう、と思ってさ。そのまま、惰性できたって感じよ。実際、俺は花月とかも観に行ったこともなかったしね。唯一、ダウンタウンさんがやっていた「四時ですよーだ」って番組は、親父にビデオを買ってもらって毎日のように録画して、飯を食いながら観る、っていうことをしていたけど。

橋本 : 芸人さんとしては、笑うことを追究したいのか、売れることを追究したいのかどっちですか?
たむけん : 俺だけじゃなくて、芸人さんにはおそらく、売れることを追究している人ってあまりいてないと思うよ。やっぱり日々,お客さんを笑わせたいっていうことの積み重ねが売れて行くっていうことだとも思うし。実際、めっちゃくちゃ面白い人もやっぱり簡単には売れへん世界やからね。例えば、千原兄弟のジュニアさんなんて、今ももちろん凄いけど、あの人はホンマに昔から凄かったからね。あの人の面白さはえげつなかった。俺にしてみたら、ダウンタウンの松本さんの次にくるくらいの人やと思ってるから。
橋本 : でも、意外と売れるのは遅かったですよね。
たむけん : そういうことなんよ。面白さは昔から全く変わってないのにさ。でも、この世界って運やタイミングがあったりするから。そういう意味では、一時期「お前ら、顔がええだけやん?」的な子が出てくる時代が結構長かったりもして…その間は、ジュニアさんやジャリズムの渡辺さんらも埋もれていたりしたけど、俺は絶対にあの人らは面白いと思ってたからね。だから出てきてくれて、すごい嬉しい。やっぱりこの世界は面白い人らが出てくる場所なんやと思えたから。多分、あの人らは絶対にもう落ちないやろうしね。ケンドーコバヤシなんかもそうやけど。
橋本 : ケンコバさんもめっちゃ面白いですよね。
たむけん : おもろいな~。あいつは、同期なんやけど、学校の時からおかしなくらい面白かったから。中川家もかなり面白かったし…あの3人は異常やったね。「俺、えらいところに入っても~た」と思ったもん。で、同じ同期でも、陣内智則は努力の人っていう感じかな。
橋本 : 一時期、あまり出てこなくなったけど、陣内さんも最近はまた出て来ていますよね。
たむけん : あんなことがあったからな~。あれがあるから、この世界は怖いねんやん。調子に乗ったらアカンっていうことやと思うわ。調子がいい時ほど、ちゃんと現実をみとかんと、絶対に落とし穴がある。実際に、そんな人らをいっぱいみてきたしさ。
橋本 : たむけんさん、大丈夫ですか(笑)。
たむけん : 俺?俺はいつもビビりながら…こんなん、ウソ、ウソって思いながらやっているから大丈夫(笑)。
橋本 : 焼き肉屋さんもすごい人気で、テレビでは儲かってるって言われてますけど、そういうことへのやっかみみたいなものは、ないんですか?
たむけん : あると思うよ。でもまぁ、店を経営するのってホンマに大変なことが多いからさ。周りが言うほどいいことばっかりじゃないしね。今の時代、お客さんも減っているし、そんな簡単に儲かる訳がない。そういう意味では、今になって思うと、そんなに広げんかったら良かったっていうか…。一店舗だけやっていた方が儲かっていたかもしらんなって思うけどね。広げることによっていろんな問題が出てくるし…その分、比例して儲かっているかといえばそうじゃないしさ。でももう、引かれへんから。働いてくれている従業人の人がいて、俺にはその責任があるから引かれへん。やっちゃったわ(笑)。
橋本 : お笑いをする自分と実業家として焼き肉屋をする自分は巧くバランスがとれているんですか?
たむけん : 俺の場合、実業家といっても、思いっきり芸人よりやからね。バランスがとれているのかどうか分からへんけど、少なくとも今、うちの店にお客さんが来てくださっているのって『芸人・たむら』がやっているからや、っていうのは分かっているから。だからこそ、この『芸人・たむら』っていうのは崩したらアカンって思っているけどね。もちろん、お店の経営については『芸人・たむら』ではやれんから、ちゃんといろんなことを考えて、ある意味、俺がどうなっても店は生きていけるようにしとかなアカンって思いはあるけどね。結局、昔は、芸能人の人とかが自分の名前を使って店を出したりしていたけど…今はそれで通用する時代じゃないから。美味しいものを出して、本気でやらな、すぐに潰れる。それはいつも頭にあるけどね。でもサッカー選手でも結局、そうやん。本気でやってないと、才能だけでは生き残られへん。そういう意味では俺らも、ハシピーらスポーツ選手も同じやと思うで。いつどうなるか分からん、っていう意味でもさ。
橋本 : 確かに僕にもいつ、どうなるか分からんっていう危機感は常にありますよ。僕はそもそも遅咲きやったというか…試合に出られない時代も長かったですしね。今、試合に出ている自分を大事に考えなアカンっていうのはいつも思ってる。『ガンバTV』にも、ずっと取り上げてもらえるように頑張らなアカンな、と(笑)。
たむけん : 取り上げる、取り上げる。でもホンマにもっと、面白いことをやりたいよなぁ。ガンバのみんなとなら出来る気がするしさ。まずはキャンプやな、やっぱり。『ガンバTV』キャンプ!
橋本 : そうですね。やりたいですね!というわけで、たむけんさん、そろそろ打ち合わせの時間ですよね。
たむけん : 3分前か…そろそろ行かなアカンな。ありがとうな、来てくれて。
橋本 : いやいや、こちらこそありがとうございました。次に会う時は天皇杯に優勝していると思うので、祝杯をあげましょう!
たむけん : 優勝してや!楽しみにしてるわ!

text by/misa takamura

たむらけんじ/プロフィール
1973年5月4日生まれ。大阪府阪南市出身。愛称、たむけん。吉本興業所属。大阪府立和泉高等学校卒業後、吉本総合芸能学院(NSC)に入学。11期生で同期には、陣内智則、ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロックら。本名、田村憲司。芸人として活躍する傍ら、『炭火焼肉たむら』を経営する株式会社田村道場の代表取締役でもある。『おはよう朝日です(ABC)』『探偵ナイトスクープ(ABC)』『せやねん!(MBS)』『ちちんぷいぷい(MBS)』などレギュラー多数。昨年から始まったガンバ大阪の応援番組『ガンバTV 青と黒(MBS/毎週月曜日、深夜1:35~放送)』のメイン司会を務める。

vol.23 たむらけんじ(芸人)

たむけん : ハシピーは海外に行ってみたいとかって思ってるん?
橋本 : 行ってみたいですよ。

たむけん : 全く違う世界なんやろうね。
橋本 : 違うと思います。そもそも、やり方が違いますからね。っていうのも海外は基本、1対1なんですよね。1対1で勝ったか、負けたかを繰り返して成立するサッカーなんです。でも日本の場合、組織対組織みたいな…11人対11人ですからね。そこが根本的に違う。
たむけん : じゃあ、日本も1対1で勝負することを考えたら強くなるんじゃないの?
橋本 : いや、それをしようと思っても日本人の能力的に、1対1では勝てないんです。だから、日本人は組織でやることを学んで身につけよう、ってやっているんですけどね。
たむけん : J1、J2と、いろんなチームがあるけど、その中で海外的なサッカーをしているチームはあるの?
橋本 : ないと思います。ただ、オシムさんは…基本、マンツーマンだったんですけど、その中に巧いこと組み合わせていくトレーニングをやってチームを強くした。それが弱いチームを強くする近道だとは思いますけどね。他にも大分も…前のシャムスカ監督なんかは、1対1で勝てるポイントを作って、そこだけ絶対に潰すっていうようなサッカーでしたね。ただ、それだと失点はしないけど、得点はそんなに多くなかった。オシムさんは、そこに攻撃の部分を加えたサッカーだったから強かったけど。
たむけん : ただボッ~と見ているだけやったら、そういうのって分からへんけど、話を聞いていたらサッカーも奥が深いよなぁ。じゃあ、監督次第で、弱かったチームが急激に強くなることもあるっていうことか。
橋本 : あると思いますね。でもそれも、ちょっと悲しいですけどね。それって、選手に力がないのか、あるのか、微妙ですから。
たむけん : でも、戦術にちゃんと応じてプレーできる技術が選手にもあるからやれるんじゃないの?
橋本 : そうとも言えるけど、「この監督なら出来たのに、この監督ではできない」っていう選手もいますからね。それが監督に力がないのか、選手に力がないのかが微妙なところで…。でも本来、選手というのは、監督が代わっても、それに対応できるべきだと僕は思っていますけどね。たむけんさんも、「どんな仕事がきても断らない」って言ってたけど、基本、選手もそうあるべきじゃないかな、と。出来ないことを監督のせいにして、それを逃げ道にしちゃうと、自分で自分の成長を止めてしまうような気もするし。
たむけん : ハシピーは、基本「なんでもします」ってタイプでしょ?
橋本 : はい。

たむけん : 俺はそれは絶対に大事だと思うけどね。お笑いの世界でも絶対にそうやと思うからこそ、俺も基本的に仕事は断らないねんけどさ。ただ…もう絶対にしたくない仕事はあるけどね。『Qさま!』でやった高飛び込み。10mの高台から飛び込むねんけど…あれは本気の冷や汗がボタボタ落ちたから。
橋本 : 高所がダメなんですか?
たむけん : いや、そうでもないねんけど。スカイダイビングで一人で飛んだこともあるし。普通、お笑い芸人がそういうのをやる時って、インストラクターの先生とハーネスで固定して一緒に飛ぶ、タンデムスカイダイビングっていうのをすることが多いねんけど、俺は最初から一人で飛んでるからね。だから、仕事になったらやれるけど…でもあの高飛び込みの10メートルという高さは生々しい。近すぎるけど、遠くて高いっていうのが、かなり怖い。スカイダイビングまでいけば、足元も見えへんし、逆に思い切れるけど、高飛び込みって微妙に下も見えるし、余計に嫌なんよね。
橋本 : 生命の危険を感じたことはないですか?
たむけん : あるよ。実際、下手な落ち方したらどこを打つとか、誰々がケガしたとか、飛ぶ前にビビらされるしさ。そういう意味では、ホンマに怖いよ。
橋本 : やっている側の人と違って、テレビを見ている側の僕らは、収録されたやつを見るじゃないですか。だから急に「30分後」とか、間が省略されていたりして… そういう意味では、そこまで怖さが分からないですけどね。
たむけん : そう、そう(笑)。こっちは地獄やのに、その間はカットされてて最後だけ、みたいなことになってることもあるよね。しかも、何人か飛ぶ時は、一番目なら何分かかって飛んでもいいねんけど、3番になると、時間制限があったりするわけよ。飛ぶ自分も「おもしろおかしい時間にしなあかん」って考えたりするし。だからホンマやったら思い切り、ポンといきたいところを、少し時間をかけたりするねんけど、結局、それって自分の首を締めるというか。上で飛ぶのを待つ時間が長いほど怖くなってくるし、いろんなことを考え出すと、だんだん飛べなくなってくる。あれはホンマに地獄よ。
橋本 : 結局、何分くらいで飛んだんですか?
たむけん : 確か16分くらいかな…。
橋本 : めっちゃ早いじゃないですか!てっきり、一時間くらいかかったんかと思いましたよ。

たむけん : いや、ホンマのことを言うと、その時間内に飛んでもらえたらって言われてたんよ。俺が3番目やったから16分くらいがギリギリや、と。もちろん、俺がホンマに飛ばないと成立しないからヤラセではないねんけどさ。でもディレクターの方には「無理やったらいいです。飛べなければ、それはそれで面白いですから。ただ…僕はこんな感じが面白いとは思いますけどね~」って言われていたりもして…。そうなると余計に嫌なプレッシャーがかかるし、逆にその言葉にメラッときて、飛んだるねん!ってなったりもして…でも、時間が経つほど、怖さが増す、みたいな。あれだけはホンマに辛かったなぁ。
橋本 : 他にも怖い思いを結構してはるでしょ?
たむけん : してるね。奈良にある修験道の総本山、大峰山に行った時も、肩にたすきみたいな命綱をつけて、崖の上に立たされるんよ。たすきの先は人が持ってるだけやねんけどさ。その状態で崖っぷちで前にガンと出されて「お前はちゃんと親孝行をしてるか!」とか聞かれて、してへんって言うと、その状態で更にガンって前に出されるねん。下はもちろん、断崖絶壁やで!あの時は、普通に悲鳴が出たね。完全に下に落ちる、っていう感覚やから。俺ら芸人って、ある程度、大げさにリアクションすることもあるけど、あの時はホンマに心底、怖くて、普通に悲鳴が出たからね…悲鳴ってこういうことを言うんやな、ってマジで学んだもん(笑)。
橋本 : 最近はそういうのはあまり見ないですよね?
たむけん : 確かに、テレビの世界自体があんまり危険なことをやらせられないって方向にはいってるよね。そういう意味では、今の若手の子は可哀想やなって思う。そういうところで学ぶこともいっぱいあるのに、その経験の場がない訳やからさ。俺らが若手の時はホンマにひどかったからね。ヌカがいっぱいのバケツの中に、頭からボンッて投げられたり…窒息する可能性もあるのに、関係ナシやから(笑)。そういうことも昔はテレビでも平気でやっていたけど、最近はなくなったからなぁ。ある意味、俺らは幸せやったかも知らんけどね。

text by/misa takamura

たむらけんじ/プロフィール
1973年5月4日生まれ。大阪府阪南市出身。愛称、たむけん。吉本興業所属。大阪府立和泉高等学校卒業後、吉本総合芸能学院(NSC)に入学。11期生で同期には、陣内智則、ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロックら。本名、田村憲司。芸人として活躍する傍ら、『炭火焼肉たむら』を経営する株式会社田村道場の代表取締役でもある。『おはよう朝日です(ABC)』『探偵ナイトスクープ(ABC)』『せやねん!(MBS)』『ちちんぷいぷい(MBS)』などレギュラー多数。昨年から始まったガンバ大阪の応援番組『ガンバTV 青と黒(MBS/毎週月曜日、深夜1:35~放送)』のメイン司会を務める。

vol.22 たむらけんじ(芸人)

たむけん : ハシピーは現役を引退したら、将来はどうするんやった?
橋本 : 僕は一応、学校の先生になりたいな、と。
たむけん : そんな元Jリーガーっておるん?
橋本 : 大学を出てプロになった選手は、結構、教員免許を持っているから、いるとは思いますよ。

たむけん : ハシピーくらい有名な…代表クラスの選手でも先生になった人いる?
橋本 : たぶんいると思います。
たむけん : だってそれやったら、もっと話題になってない?元Jリーガーの先生なんて注目されるやろう?大学が多いんかなぁ。
橋本 : いや、中学や高校の先生もいるはずですけどね。あと、学校の先生ではないけど、サッカー部のコーチだけの契約で行っている人もいますしね。
たむけん : ハシピーが先生になったら、めちゃめちゃ人気のある先生になるんちゃうん!
橋本 : でも僕が先生になる頃には、生徒は僕らのことはそんなに知らんというか…また次の世代の代表選手に目がいってるはずやから、そうでもないと思いますよ。カズさん(三浦知良)くらいのレベルになればまた話は別ですけどね。例えば、清水の伊東輝悦さんっているじゃないですか?テルさんは、J1リーグで歴代トップの出場数を数えるくらいの、素晴らしい選手なんですけど、今はテルさんのことをみんなが知っていても、数年後、例えば先生になったとして、 中学生や高校生の子どもが知っているかと言えば、知らないと思うんです。僕にも、そういう現象が起きるはず(笑)。
たむけん : そうなんかぁ。
橋本 : テルさんは、実績も凄いじゃないですか?日本代表にも入っているし、アトランタ五輪の時は、ブラジル戦でゴールを決めたりして…っていうことを僕らは知っているけど、今の20才くらいの選手に言ったところで分からないですからね。だって「アトランタの時の監督は誰だったか知ってる?」って今の若い選手に聞いたら、対外、知らないって言われるから。「西野監督やってんで」って言うと、「へえ!」みたいな(笑)。
たむけん : 確かに、バレーボールも今、人気やん?俺も結構、好きやねんけど。で、俺らの世代でバレーボールと言えば大林素子やねんな。俺は大林さんとも仲良くさせてもらっていて、一緒にバレーボール会場に行くこともあるねんけど、そうすると、すごい人気なんよ。でも一般の人に「バレーボールを見にいって面白かった」っていう話をした時に「大林さん知ってる?」って聞いても、知らんからね。あの大林素子を知らんって、どないや、と!
橋本 : そういうことですよ。僕はもちろん、大林さんは知っていますけどね。
たむけん : やろ?結局、今はプリンセス・メグ(栗原恵)とか、今はあまり出てないけどパワフル・カナ(大山加奈)とか…目がいくのはそこなんよね。高橋美由紀さんも、引退しはったけど、俺らからしたら「なんで分からんの?」っていう選手やのに、若い人らは知らんかったりするからね。
橋本 : だから、僕が先生になろうとする頃は、僕もそうなっていると思います。
たむけん : 選手をやめたら、すぐに先生になれるん?
橋本 : 僕は教職をもっていないから、とりあえず、まずは2年かけて教職をとらないといけないから、その後ですね。
たむけん : ガンバのコーチをするのは嫌なん?
橋本 : いや、いいんですけど、僕、一軒家に住みたいんです(笑)。
たむけん : はい?

橋本 : 例えばガンバのコーチになるとなれば、契約になるじゃないですか?イコール、ずっと同じチームにいられるとは限らない。今のガンバの西野朗監督は来年で9年目で、Jリーグでは最長の指揮になるんですけど、それでも9年ですからね。他の監督を見ていたら、だいたい、1~2年で終わりって感じだし。例えばすごくいいコーチになったとしても、外国人監督がきたら、コーチも自分で連れてくるから、そんなんおかまいなしに一掃されてクビになるし。じゃあ次はどこにいく?ってなった時に、近いチームならいいけど、遠いチームならまた引っ越しして…っていうことを考えたら、プロのコーチになると、家を買っている場合じゃないじゃないですか(笑)。
たむけん : 確かに、そうなるとホンマに好きじゃないと出来ひんな。
橋本 : ですよね。あるいは、一軒家に住むっていう夢を捨てればやっていける。
たむけん : 今でも稼いでるねんから、家を買えるやろ!
橋本 : いや、選手の立場も結局、同じで、ずっとガンバにいれるとは限らないですから。じゃあ、移籍しますってなった時に、どこに行くか分からないのに家を買ってる場合じゃないじゃない。そもそも、せっかく一軒家を建てたのに、2年しか住めないとかは絶対に嫌だし。マンションだったら話は別なんですけど、僕はとにかく一軒家に住みたいから。
たむけん : じゃあ、引退したら、とにかく、一軒家や、と。
橋本 : 一応、引退してしばらく経ってから、ここやなってなったところで建てたいですね。
たむけん : それは大阪に?
橋本 : 僕は大阪に…吹田に住みたいんですけどね。そこは家族会議で決めることになると思います。で、話を戻すと、一軒家を吹田に建てるには、学校の先生になるのがいいのかな、と。中学や高校の先生ではなく、サッカー部のコーチだけをやっている人もいるけど、それだと待遇はいいかも知れないけど、結局、プロの監督やコーチをするのと同じですから。結局、世の中、待遇がいい、イコール、リスクがあるっていうことなんでしょうね。って言いながら、頭のどこかでプロのコーチにチャレンジしてみたいなって思いも多少、あるんですけどね。
たむけん : 武田修宏さんもずっと言ってはるわ。監督やりたいって。だから俺は「無理ちゃいますか」って言ってるねんけど。あの人、めっちゃいい人やけど、なめられると思うから(笑)。
橋本 : 実績とか考えたら凄い人ですけどね。

たむけん : やろ?でも、テレビであんなキャラクターやから、誰もついてきいひんのちゃうか?と。ただ逆に思いっきり人柄だけでいい監督になるかもしれないけどね。ただ、武田さん、最近は、そのアホキャラでいくのが嫌らしく…前に一度『ガキの使いやあらへんで』でご一緒させてもらった時に、「質問したら武田さんがチンプンカンプンな答えを言う」っていうノリのはずが、ごっついまともに答えはって、成り立てへんかったことがある(笑)。あの時は、「そこで、賢くなってどないすんねん!」って相当、焦った(笑)。っていうか、そもそも武田さんは、いい人過ぎてアカンと思うわ。監督なんて憎まれるのが全然平気っていうタイプじゃないと出来ひんやろ。
橋本 : それは言えてますね。監督は冷酷な人でないと無理だと思う。
たむけん : やろ?だから俺は絶対に、出来ひんと思う。そもそも「みんな出してあげたい」って思ってしまうタイプやから。
橋本 : 確かに、たむけんさんは無理ですね。でも僕は多分、大丈夫(笑)。冷酷になれそう…ただ、一番いいポストは、ヘッドコーチかな。
たむけん : わかる、ナンバー2な!
橋本 : そう。進言だけはするんですよ。「あそこは絶対に変えた方がいい」とかって…でも決断するのは監督、っていうのがいい(笑)。
たむけん : 俺もお笑いの世界で絶対にトップになりたくないと思ってるもん。ナンバー2、ナンバー3がいちばん、居心地がいい。アカンくても責任をとらんでいいし、横でワイワイ言っとったらいいし、いろんなところに絡んでいけるし。だって、芯になったら、芯しか出来ひんようになるからね。
橋本 : 分かります、分かります。ガンバでいうと、ヤット(遠藤保仁)がそうです。あんだけ芯になってしまうと、ガンバカラーが強くなり過ぎて、国内の他のチームには、移籍しにくいですからね。海外なら出来るとは思うけど。

text by/misa takamura

たむらけんじ/プロフィール
1973年5月4日生まれ。大阪府阪南市出身。愛称、たむけん。吉本興業所属。大阪府立和泉高等学校卒業後、吉本総合芸能学院(NSC)に入学。11期生で同期には、陣内智則、ケンドーコバヤシ、中川家、ハリガネロックら。本名、田村憲司。芸人として活躍する傍ら、『炭火焼肉たむら』を経営する株式会社田村道場の代表取締役でもある。『おはよう朝日です(ABC)』『探偵ナイトスクープ(ABC)』『せやねん!(MBS)』『ちちんぷいぷい(MBS)』などレギュラー多数。昨年から始まったガンバ大阪の応援番組『ガンバTV 青と黒(MBS/毎週月曜日、深夜1:35~放送)』のメイン司会を務める。