橋本英郎公式サイト「絆」
FRIENDS

vol.3 加藤美樹(DJ)

加藤 :私からもハシくんに質問したいんですけど?いいですか?
特に、日本代表に入ってからの事が聞きたいんですけど!
橋本 :はい、なんでも聞いてください。
加藤 :改まると、緊張しますねぇ…(笑)。
ではまず、どういうきっかけでサッカーを始めたのか教えてください。
橋本 :代表の話じゃないじゃないですか(笑)。ま、いいですけどね。
僕は兄ちゃんがやっていたから、です。6つ上なんですけど、ちょうど兄貴がやりはじめたのが小4とかで僕が幼稚園の時でした。で、同じチームに小学校1年から入って。中学校もお兄ちゃんがいっていたチームに入ろうと決めていたので、釜本FCに入ったら、偶然にも、僕が入った年にJリーグが出来るっていうことになって、『パナソニックガンバ大阪』になったんです。僕としては兄ちゃんを追いかけていただけなんですけどね。
加藤 :でも、どこかのタイミングでサッカーをずっとやっていこう、って思ったんでしょ?

橋本 :小学校の時に書いた卒業文集には「友達とW杯に出たい」って書いていましたね。
ただ、中学に入ってからは現実的に「そんなん、無理や」って思っていたような、可愛くない子供で(笑)。だって、ジュニアユースに上がってみたら、みんなめちゃくちゃ、ありえんくらい、サッカーが巧くて。小学校の時は、大阪市内の小さい、小さいクラブで、府レベルの大会になると10点差以上をつけられて負けるようなチームでやっていましたから。近所の小学生チームには勝てても、ちょっと大会規模が大きくなると、全く勝てない!みたいなレベルにいたのに、ガンバジュニアユースに入ったから、もう全然ダメで。なんか、周りの仲間は、プロチームの下部組織ということを知って、わざわざ選んで来ていたような奴ばかりで。稲本(潤一)も堺から出てきたり…でも、僕はそんな情報は全然知らなくて。なのに、入ってみたら、いきなり巧い人…大阪選抜とか関西選抜に選ばれているような子ばかりが集っていましたからね。
これは僕は無理だな、と(笑)。
加藤 :でもやめなかったんでしょ?
橋本 :やめたかったんですよ(笑)。練習に行くのも、むっちゃ嫌だったし。
でも自分の中学にサッカー部がなかったし、基本的に、サッカーは辞めたくなかったですから、しょうがなく…。だからジュニアユースに通っていても、友達と地元でサッカーをしている方が楽しくて練習に行かなかったこともありますからね。しかも、遠い(笑)。
小学校まで近所でやっていたのに中学になると、いきなり万博の近くまで通わなければいけなくなって。学校が終わった後、一生懸命走って帰らなければいけないのも本当に嫌で。小学校からの仲間も、最初は4人いたのに、速攻2人がやめちゃって…みんな巧すぎて、一緒にやっても楽しくないって(笑)。
加藤 :でもハシくんは、残ったんですね。サッカーがやりたかったからですか?
橋本 :ん~。あと、中学1年の途中に変なきっかけがあって。当時の僕は塾にも通っていたんですけど、でもサッカーも嫌々ながら行っていたんですよね。なのに、塾で休みがちな子がいて…っていう中で、あるコーチが、その子に対してだか、周りの選手に対してだか、いつも練習に来ている選手より、そいつの方が巧い、みたいなことを言ったっていうのを伝え聞いて。実際、どれだけ真面目に練習に行っても、僕は残りの10分くらいしか試合に出られないのに,その子はスタメンだったりして。そのことにムカついて、頑張った(笑)。で、頑張り出したら、楽しくもなりだして、みんなと同じように出来るようにもなってきた。
加藤 :悔しいと思ったことがきっかけになったんですねぇ。
橋本 :完全にそうですね。といっても、すぐにAチームになった訳じゃなくて、頑張ったけど、やっとBチームっていう感じで(笑)。しかも1学年の中で、ですよ。ただ、Aチームには選抜にかかわってる子らが10数人いて、みんな巧すぎるから、そこに入ると面白くないんですよ。Aチームの選手はプライドも高くて、へんな話、互いが認め合っているんですけど、その下のカテゴリーから上がって行くと、なんていうか、そいつらから言われるばっかりになっちゃって。いじめられるみたいな感じになるから面白くない。
でも、Bチームは、もちろん中には巧い選手もいるけど、そんなにプライドは高くなくて、気持ちがわかる人間が多いから、下から上がって来た選手には優しいし、同じ仲間にはもちろん優しいし、だからいすっごい楽しかったんですよ(笑)。それで、本当に練習に行くのが楽しくなって、そのうちにAチームから呼ばれるようになった。そしたら、また行くのが嫌になって…(笑)。当時のAチームにはなんていうか…巧いヤンキーみたいなのもいて(笑)。すぐに違うチームのやつと喧嘩して退場するとか…力さえあれば誰でも入れた時代だから、本当にいろんなやつがいたんですよね。でも、サッカーではそいつの方が巧いから、パスを受けても、すぐにそいつに出さないと、って気持ちにさせられるような、独特の雰囲気があって…。っていうのもあって、僕としてはBチームの方が好きだった。まぁ、中学2年になる年も、春合宿に行けばAチームでやっていたけど、試合はBチームで出たり、Aチームの後半に出たりっていう感じでしたけどね。
加藤 :今もそんな感じで1学年にAチーム、Bチームみたいに分かれているんですか?
橋本 :今は超エリートな感じで全然、違うんですよね。一学年10人くらいの少数精鋭で例えば、ユースでも、1学年10人で計30人。ほぼ、トップと同じなんですよね。僕の時は、1学年が30人強で、全部で100人強でしたから。
加藤 :でもその後、Aチームに定着し始めるんですよね?
橋本 :中学2年時から、中学3年との混合チームの方に…ようは大会に出るチームに、時々呼ばれるようになりましたね。それもまた嫌だったんですけど(笑)。
加藤 :なのに、やめなかったんですよねぇ。
橋本 :そうですね。中学での学校生活が別にあったからかもしれない。学校はすごく楽しかったですからね。そっちの友達とサッカーをするのも楽しかったし。土曜や日曜は、朝はガンバで練習試合をして、昼からはその友達とみんなでサッカーをやったりっていう感じでしたね。そういう意味では一日中サッカーをやっていました。
加藤 :じゃあ?いつ勉強してたんですか?どうして頭がいいんですか?

橋本 :英語だけですけど、塾に行っていましたからね。あとは学校の授業で結構カバーできました。あと、兄ちゃん、姉ちゃんが、英語以外に数学とかの塾に行っていたので、公式とか勉強の仕方とかを教えてもらったから、効率よく勉強が出来たっていうのもあったかも。テスト前とかも一夜漬けでしたけど、うまく乗り切れたし(笑)。
加藤 :大学には行くっていうのは決めていたんでしょ?それはなぜですか?
橋本 :家庭事情です(笑)。「サッカーをやるなら大学に行きなさい」「そんな不安定な人生はダメだ」と両親に言われていたので(笑)。だから、もし大学に合格していなかったら、プロではやっていなかったと思う。あるいは、浪人生活をしている間だけサッカーをやって、それでもアカンかったら2浪目の年はサッカーをやめて勉強だけっていう感じだったと思う。
加藤 :それが今では日本代表ですもんねぇ。
サッカーをやめてしまおうと思った事はないんですか?
橋本 :サッカーをやめようと思った事はないです。でもプロになるまでは、ガンバをやめようと思った事は何回もあります(笑)。正直、ユースに上がる時も、セレッソ大阪の方が家から近かったので、そっちに行きたかったくらいで(笑)。とにかく遠いのが辛かったんですよね。しかもユースになると更に遠くなって、茨木市の山奥まで通っていましたから。学校が終わって、天王寺から環状線に乗って、快速で茨木に出て、そこからバスに乗って…っていう生活が、毎日ですからね。
加藤 :でも…しつこいようだけど、やめなかったんですね(笑)。
橋本 :まだ子供だったので、どうやったら、セレッソに行けるかも分からなかったですからね。
実際、中学3年の時に、「Aチームにいる選手は全員ユースにあがれます」っていう話をされたんですけど、その後、自分がどうやってユースに昇格したのかよく分かってなくて。中学から高校生になる時の春休みも、ユースにあがる選手はみんなユースの練習に参加していましたけど、僕は受験勉強があったので、一度も行かなかったですから(笑)。
他の子は1~3月から既に参加していたのに、僕はきっちり、受験が終わって高校に通い始めた4月から(笑)。しかも、他のチームから新井場とか、更に巧い選手が集っていましたからね。「これは試合に出られないな」と思うと、余計に練習に行きたくなかった。
加藤 :中学の時と同じですね(笑)。
橋本 :まさに。だから、ユースに上がっても、最初は英語の塾だけはやめずに行っていましたからね。それは僕の中ではある意味、逃げだったんですけど…そっちに行く事で練習に行かなくて済んだから(笑)。でも、そうやって塾通いを5~6月くらいまで続けていたら、コーチの人に怒られて。「なんで練習に来ないねん?」と。「いやあ、塾に…」って答えて、いろいろ話をして。「これからは真面目に練習くるか?」って聞かれたから「はい、行きます」っていうことで、そこからは塾も辞めて、真面目に練習に行くようになったら試合にも出られるようになったんですけど。

text by/misa takamura

加藤美樹/プロフィール
3月26日生まれ。B型。1994年の802DJオーディションに合格。音楽に、生活に、独自の優しい視点をもつ彼女。802のお昼の顔として人気上昇中。
現在の担当番組:「FLOWER AFTERNOON」 MON-TUE 13:00-16:00、「フロム・エー/フロム・エー ナビ SUPER J-HITS RADIO」 SUN 19:00-22:00